サボリヤ

桜のような


(2008.05.23)

 窓を開け放つと、柔らかい風が吹き込んできた。今、学校は春休み。年末もろくに掃除をしなかった私は、衣替えのついでに自分の部屋を掃除することにした。
 勉強机の引き出しを整理していると、奥から一枚の写真が出てきた。私とお母さんの写真だ。桜の木の前で、楽しそうに笑っている母と、カメラを無視して上を見上げている私。いつの写真だろうか。私には覚えがない。この写真に写っている私は、まだ二、三歳の頃だろう。覚えていなくて当然だ。もちろん母も若い。そもそも母には若い頃しかないのだけれど。

 母は私が九歳の時に車にはねられてこの世を去った。あれから七年。もう高校生になった私にとって、母は思い出の中の存在。
 思えば、母は桜のような人だった。今まで、こんな風に考えたことは無かったけれど、この写真を見ているとなぜかそういう気がした。少し太っていて、いつも豪快に笑っていた母は桜の儚げで優雅なイメージには全然合わないはずなのに。

 いつの間にか、私はこの写真の桜が気になりだしていた。できることならこの桜を見に行きたい。しかし、桜なんてどこにでもある。なかなか大きな桜のようだが、目立った特長があるわけでもない。特定するのは難しいだろう。簡単な方法はあった。父に聞けばいいのだ。でも、私はその方法を使いたくはなかった。

 中学校に入る頃には、もう母のことは吹っ切れていた。それとも、母を思い出さないように心をコントロールすることができるようになったというべきかもしれない。ある日、私は父との会話の途中で、母の面白い失敗の話を持ち出してみた。私としては、父に「もう大丈夫だよ」という合図を送ったつもりだった。しかし、父の表情は曇り、悲しそうな目で私を見つめていた。その顔を見て、私はもう父の前で母の話をするのはやめようと決めたのだった。母の話題を避けることで会話はどこか遠慮がちになっていく。そのせいか私と父には、お互いに感情を露にすることを避けているところがあった。
 結局、私は自分で桜を探すことに決めた。この写真から手がかりを探すしかない。写真を見るに、なかなか大きな桜のようだ。何か特徴でもあればいいのだけれど、特に目立つところはなかった。
 ――ん?
 写真に妙なものを発見する。桜の後に黄色い柵があり、そこに白地に黒の太い字で「反対」と書かれた板がかかっているのだ。「反対」の後にも、続いているのかもしれないが、写真の枠に収まらず切れてしまっている。
 とりあえず、黄色い柵がある公園でも当たってみよう。時計を見ると、午後五時を指していた。この辺りで、桜の木があるところといえば限られている。自転車で回れば、七時の父の電話にも間に合うだろう。

 それから二時間、私は自転車で街中を走り回った。桜の並木道が有名な公園、土手に桜が植えられている川辺、私が卒業した小学校の桜も見に行った。しかし、あの写真の桜だと思われるものはなかった。落ちこんで家に帰るとちょうど電話が鳴った。
「香澄か?」
 父からだ。
「今日、お父さんは遅くなるから夕飯はいらない。ちゃんと鍵を閉めておくんだぞ」
「うん、わかった」
 あっという間に電話は切れた。仕事中なのだろう。
 父はいつもこの時間になると、電話をかけてくる。母が死んで二人だけの生活が始まってからずっとだ。「鍵を閉めておくんだぞ」は父の口癖のようなものだった。もう高校生の私にとっては、少し鬱陶しいのだけれど。

 父が遅くなるのならば、夕飯は簡単なあり合わせのものでよい。私はもう一度、あの写真を見る。本当に楽しそうな母の笑顔。お母さんはいつも笑っていたような気がする。過去が美化されているだけかもしれないが、母の沈んだところなど思い出せなかった。
 ふと気付く。写真はこれ一枚なのだろうか?
 せっかくカメラを持っていったのに、一枚しか撮らないなんてことがあるだろうか。それに父が写っているものがあってもいいはずだ。
 どうして、このことに気付かなかったのだろう。私はなぜこんなにも焦っているのだろう。私は父の部屋の本棚にあるアルバムを引っぱり出した。埃を被っているのだろうと予想していていたら、結構きれいだった。はやる気持ちを抑えつつページを捲る。
 ――あった!
 おそらく、あの時一緒に撮られたと思われる写真が十数枚ほど貼られていた。父と私の写真もある。そして、あの写真とほとんど同じ構図の写真もあった。違う部分といえば、私がちゃんとカメラの方を向いているということだけだ。あの写真を撮った後、取り直したのかもしれない。そして、この写真の裏にボールペンで文字が書かれていた。
 「二丁目バス停前の桜にて」

 次の日、私は学校が終わるとすぐに二丁目のバス停へ向かった。それほど家から遠くはない。たしかに、バス停前の空き地に桜の木があったような覚えがある。めったに通らないので、おぼろげな記憶しか残ってはいない。
 辿りついて私は愕然とした。そこには何もなかったのだ。延々と続く更地。有刺鉄線に囲われて入ることすらできない。一体どういうことなのだろうか。
 時間は流れている。七年前と同じであると考えるほうがおかしいのかもしれない。必死になっていた自分が惨めに思えた。お婆さんがやってきて、バス停のベンチに座った。私は思い切って尋ねてみることにした。
「あのう、ここに桜があったと思うのですが……?」
 お婆さんは突然話しかけられて驚いたみたいだったけど、すぐに笑顔になって答えてくれた。
「ああ。あの桜ね。ここはもうすぐ高速道路の建設工事が始まるでしょう。だから、去年の暮れに抜かれちゃったのよ。あの桜を見に来たの?」
 私は「ええ」と短い返事を返す。「残念ね」とお婆さんは言い残して、バスに乗っていった。
 私は呆然としながらベンチに座った。鞄から写真を取り出して眺める。桜の後ろにある「反対」の文字は、高速道路建設の反対運動のものだったのだろう。私も反対すれば良かった。写真の中の母は、変わらず笑いかけてくれていた。

 どれだけ、そうしていたのだろう。いつの間にか、空は夕焼け色に染まっていた。そろそろ帰ろうかと、立ち上がろうとした時、後ろから声をかけられた。
「香澄か?」
 父が立っている。私は驚きを隠せずに尋ねる。
「どうして?」
「会社を抜け出してきた」
 父はスーツ姿だった。父も桜がないことに気付いたみたいだ。
「桜、抜かれちゃったって」
 私が告げると、父は小さく「そうか」と答えた。少しの沈黙の後、父が耐えかねたのか口を開いた。
「ここの桜は……お母さんとお前と一緒に見に来たことがあったんだ。お母さんが死んでから、懐かしくなって毎年見に来ていたんだけどな」
「ふうん……」
「お前もそうだったのか?」
 私は黙って写真を差し出した。
「これを見つけたの」
 父はまた「そうか」とだけ呟いた。何か考え込んでいるみたいだった。

 日曜日、父は私を花見に誘った。正直、あまり気乗りがしなかったけれど、父が私を慰めようとしてくれているとわかったから一緒に行くことにした。あの日、久々にふたりで母の話をして以来、お互い妙に気をつかってしまい、会話もぎこちなくなっていた。それを解消するためなのもあるかもしれない。
 父の運転する車で家を出た。場所は聞いていなかった。ここら辺で有名なところか、それとも遠出をするのか。一時間ほど走って、父が車を止めたのは、わずかな遊具とグラウンドがあるだけの小さな公園だった。私は父が場所を間違えているのではないかと疑った。
「桜が一本もないよ」
「車を降りてよく見てみろよ」
 父は笑いながら言った。公園の中に入っても、桜が咲いている気配はなかった。それどころか、木もあまり生えていない。
「こっちだ」
 父についていった先はグラウンドだった。そして、グラウンドの隅に立つ一本の大きな桜――
 乾いたグラウンドの上で場違いなほど美しく咲き誇っている。
「高速道路の工事を請け負っている業者を調べて、桜をどうしたのか聞いてみたんだ。そうしたら、ここに植え替えたってさ」
 父は嬉しそうに話した。私たちは自然と桜の近くに寄っていった。父と並んで桜を見上げる。花びらを通して柔らかい光が差し込んでくる。とてもやさしい光景。
 そうか。やはり私にとって母は桜のような存在だったのだ。隣を見ると、父は口元に小さな笑みを浮かべていた。
「お母さんのことを思い出してるの?」
「――あの写真を撮ったときのことを思い出してた。お母さんがな、お前のことを桜のような子ね、って言ったんだ。お父さんは親バカだって笑ったんだけどな」
 私は訊いた。
「ねぇ、私とお母さんって似てるかな?」
 父は笑って答えた。
「似てるよ」



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